夢から覚めて閉じていた目をそっと開けると、Sumomoが寝ているベッドのすぐ横で、バベットが腕を組んで
心配した顔で立っていた。
Sumomo:・・・わッ!
バベット:Sumomo・・・・・・あなた、本当に大丈夫?目が死んでるわよ?
Sumomo:え・・・ッ!だ、大丈夫だってば!
・・・・・・バベットにはあまり関係ないことだし、自分で解決するの。だから私のことは・・・ほっといてよ。
Sumomoはまるで子供のように小さく丸まり、そっぽを向いた。
バベット:放っておけるわけないじゃない!・・・闇の一党の家族だからこそ、あなたが苦しんでる姿を見るのは辛いのよ。
悩んでるならせめて私に相談してみるべきじゃないの?一人で抱えていたら、そのうち病気になっちゃうでしょ!?
バベットはいつもより厳しい口調で言った。
アストリッドと口論があったのは否定できないけれど、バベットの気持ちとしては、可愛い妹のような存在のSumomoを
見捨てることはできなかった。
バベット:ふう・・・つい、怒鳴っちゃったわ・・・ごめんなさい。
ここじゃ、話したいことがあっても気軽に話せないことだって沢山あるわよね・・・。
・・・そうだ!・・・Sumomoを一度連れて行きたいと思ってる場所があるのよ。そこでお話しましょ。女同士でね。
Sumomo:・・・ひょっとして温泉のこと?
バベット:そうよ。さてはシセロから話を聞いたのね?・・・ふふっ。まったく、あなた達ったら本当に仲がいいのね。
Sumomo:・・・・・・・・・そう・・・なのかな?
―――――――――――――――――――――――――・・・
ファルクリースを通り抜けてホワイトランへ続く道をしばらく歩くと、左に反れる小道が長く伸びた草に隠れてそこで途切れていた。
バベットは小さな手を目一杯広げて、草をかき分けながらさらに奥へと進んだ。
そして、目の前に現れた大きな木の門扉を馴れた手つきで開門して入っていく。
バベット:私だけの秘密の温泉宿。・・・ほら、湯気が見えるでしょ?Sumomo、見て!あそこよ!あそこ!
バベットが指差す方向へ顔を向けると、草に囲まれた古い石造りの建物と、そこから湯気がもくもくと立つ大きな温泉が
確かに見えた。
バベット:ここは私にとって唯一の癒しの場所の一つなの。
勿論・・・こんな荒れた土地に温泉があるなんて、闇の一党のメンバー・・・誰も知らないと思うわよ。
知っているのはここに居るあなただけなんだから。
バベットはフフンと自慢気に鼻を擦っていたが、内心ドキドキしていた。
Sumomo:すごいね!・・・いつからここの所有主になったの?
バベット:・・・・・・だいぶ昔ね。ここの主は元々ノルドのものだったから。でも私が奪ったのよ。
Sumomo:え・・・ッ!?・・・ちょ、ちょっと待って!奪ったって・・・どういうこと!?
バベットは突然、逃げるようにして走り出した。それに続いてSumomoもバベットの後ろを追いかけていき、2人は
温泉が湧き出る場所まで一気に突っ走った。
バベット:ハァハァ・・・・・・そのノルドはね、私を誘拐して売り飛ばそうと企んでいたのだけれど、ある晩に吸血して殺したの。
そしてこの土地を奪ってやったのよ。
大人1人殺すくらい、私だってやる気になれば簡単なことだわ。アイツめ・・・思い知ったか!
キャハハハハハハハ!!静かな空間にバベットの強気で幼気な笑い声が響き渡る。
人を死に至らしめることは闇の一党の一員としての誇りであると同時に、何よりも" 自分はここにいる"という
バベットなりの強い主張が、ここの温泉宿の主を死に追いやるきっかけになったのだった。
今の闇の一党のやり方に複雑な心境を持ちながらも、これまでにないくらい多くの依頼主の要望を十分に
満足させてきたと思うし、今日まで闇の一党のメンバーとの熱い信頼関係や絆を手に入れることができた。
Sumomoは今回の任務を一つの区切りとして、闇の一党を一時休止することに決めていたが、唯一仲が良いと思っていた
シセロにさえその旨をうまく切り出すことが出来なかった。
だから今度こそ、このチャンスを逃さないようせめてバベットには話そうと思う。
Sumomo:・・・日が沈むのが早くなったね。暦の上ではもう秋かあ・・・。
ところで、一つ疑問に思っていたんだけど・・・吸血症にかかった人間は太陽の光に弱いはずでしょ?
どうしてバベットは平気なの?
バベット:ふふ・・・300年も吸血鬼してるのよ?免疫が付いたっておかしくないわ。
でも・・・未だに熱いお湯に触る事すら苦手なのよね。知ってた?吸血鬼は太陽の光もそうだけど熱にも滅法弱いんだってこと。
Sumomo:うん、何となく・・・。それに何かで読んだことあるんだけど・・・ニンニクにも弱いんでしょ?
Sumomoの問い掛けに、バベットは目を丸くした。
バベット:え・・・!?ニンニク・・・・・・それ、誰かが作った迷信だわ。確かにニンニクのあの強烈な臭いは好きじゃないけれど・・・
食べるのは平気よ。とにかく、吸血鬼である私は特に熱には弱いのよね。
だからSumomoと一緒にお風呂に入れないのはとても残念だわ。でもこうして一緒に温泉宿に来られるだけで
私、とっても嬉しいの。・・・沢山お話して食べて飲んで・・・明日の朝までここで寛ぐといいわ。
Sumomo:えッ・・・でも・・・・・・。
バベット:その反応は何?今更遠慮しないでよ。何度も言ってるけど、あなたは私の大切な仲間の1人なんだから。
危険な目にあったり、悲しんでる姿を見るのは私にとっても辛いのよ。・・・安心して。そしてゆっくりしていって。
Sumomo:あ・・・ありが・・・とう・・・・・・。
バベットの優しさが心に沁みて、一層Sumomoを苦しめた。
・・・だが何であれ、今更大学のことを諦められるはずがなかった。Sumomoの魔法使いへの強い意思は固く、今は
どんな誘惑にも心を突き動かすのは難しい。
バベットは、温泉が湧き出る直ぐ近くのカウンター席へ向かって歩き出した。
3脚並んでるうちの真ん中の椅子に腰を掛けると、カウンターに置いてある炭酸入りのハチミツ酒を取って
慣れた手つきでコルクを抜き、ジョッキに注いだ。
ハチミツ酒の小さな泡が、ふつふつと繰り返し現れては消えるのを眺めながら、物思いに耽った。
バベット:それにしてもあなたが羨ましい。私も本当は大人として見られる女性でありたかったわ。
世間からはどうしても、子供としか見られないのよ・・・中身は成長を遂げた大人なのに。
生理も始まらないうちに吸血症になってしまったのが一番の失敗ね。恋愛をして、結婚して、赤ちゃんを産んで・・・。
大人の女性になれないまま一生、生きていかなきゃならないの。
バベットはそう言って唇を噛み締めると、左手に持っていたハチミツ酒を一気にのどへ流し込んだ。
Sumomo:もうやめたほうがいいんじゃない?そんなに飲んじゃ体に・・・・・・。
バベット:大丈夫よ。私は不死身なんだから。
・・・傷を負えば癒されるし、たとえ焼け死んだとしても、灰から元の体に再生されてしまうのよ。
吸血症は私にとって、一番恐ろしい病だと思うわ。
バベット:吸血症にかかってから300年の間に、友人や知り合いは次々と私の周りから姿を消していったわ。
生きていて辛さを感じたり、孤独と戦っていたのは、それだけに留まらない。
・・・私が言いたいのは、ごく普通の人間でありたいだけ。私もあなたのような限りある命でいたかったの。
いつでも死ねたらな・・・って、ずっと心の中で願い続けているわ。
バベットは孤独を何度も経験した・・・自然と"助けたい"と思う気持ちが、Sumomoの心の中に芽生えてくる。
それにSumomoにとってはバベットは大切な親友の1人。見捨てるなんて到底できなかった。
バベット:・・・ねえ、Sumomoにはわかる?大切な人が、自分より先に亡くなることの辛さと孤独が。
ほんの少しでいいの。私のこの気持ちを理解してくれるだけでも、胸のつかえが取れる気がするわ。
・・・はぁ~・・・・・・吸血鬼にも効くような・・・一瞬じゃなくてもいいから、命を奪えるくらい強力な魔法があったらいいのにな・・・。
この言葉にSumomoはハッとした。
今なら魔法大学のことをバベットに打ち明けられるチャンスかもしれない・・・と。
Sumomo:あ、あのね・・・・・・私、魔法が得意でしょ?
もしかしたら吸血症を解く方法・・・ウィンターホルドの魔法大学に行けば、そういった資料があるかもしれない。
バベットの吸血症を治すためにも今よりも、もっと沢山の知識をつけないと駄目だと思うの。
バベット:そうね・・・・・・・・・このまま聖域で過ごしていても、新しい魔法の知識は得られないものね。
フェスタスは暗殺破壊魔法には長けているけれど、蘇生や死霊術のことは一度も聞いたことがないし。
研究漬けで暇がなさそうだし・・・もし仮に知っているとしたら、とっくに吸血症を治してもらっているわ。
夕日の差し込む光が消えていくまで、2人は沈黙した。
バベットは瞬き一つせずに一点を見つめて、ずっと何かを考え込んだ。
Sumomoはバベットが口を開くまで、夕日の赤い色が青黒く変化していくのをただ眺めているだけだった。
バベット:あ、あのね・・・もしもSumomoが吸血症に効く魔法を会得したら、最初に私に試してくれる?
Sumomo:・・・もちろん!
強張った表情が一気に明るくなり、何かが花開いたように目を輝かせた。
Sumomo:実はね、大学に行きたいと思い始めたのは闇の一党に入ってしばらく経ってからのことで、ある占い師さんの助言で
魔法大学へ行く願望がグッと強くなったの。それで今回の任務が終わったら、しばらくはみっちり猛勉強しようと思っているの。
バベット:・・・あら?ずいぶんと急な話ね。それをどうして早く私に言ってくれなかったの?
・・・もしかして、聞こえし者の立場としての責任を感じて言えなかったとか?
Sumomo:それも一理あるし・・・勢いに乗ってきた今の状況を崩したくなかったからかな。
順調にうまくいってる今だからこそ、余計言い難くなったのもあるし・・・とにかく色々あるのよ。
バベット:ふ~ん・・・・・・。あなたと最も親しいと思ってたシセロよりも先に、私に教えてくれるなんてオカシイと思っていたけれど・・・
まあ深く追求するのも、あなたのプライバシーに触れることになるだろうし・・・やめとくわ。
長時間立ったまま冷たい秋の風に当たっていたせいで、肩がひんやりとしてきた。
Sumomoがブルッと身震いさせていると、バベットは温泉の湯に浸かるように促した。
黒いドレスを脱いで丁寧にたたみ、その上に水に濡れないように巻物をそっと置くと、紫色の怪しい何かが放出された。
巻物がまるで生きているかのように、私の行動に反応してくる。
バベット:ねえ・・・その巻物とっても古いようだけど、誰かから貰ったもの?
Sumomo:アストリッドよ。・・・・・・花嫁を殺したときの報酬なの。
これはとある闇の錬金術師が偶然発見したもので、闇の一党の伝説的人物を召還できるらしいの。
バベット:へえぇ・・・!伝説的人物っていったい誰のことかしら?
召還できるというのなら・・・もうこの世には、生身の体が存在していないんでしょうね。
どんな人だったのかな?見てみたいなあ~・・・。
・・・ねえ、Sumomo?試しにその巻物をここで使ってみなさいよ。私がそばで見ててあげるから。
Sumomo:だ、駄目!・・・達人レベルの巻き物を、素人の私が召喚できっこないもの。
もし失敗したらどうなってしまうのか、想像しただけでも怖いし・・・・・・足がすくんじゃうわ。
そう言うと顔半分まで湯船に浸り、口からブクブクと泡を吐き出した。
そんな嫌がるSumomoをよそに、バベットは巻物を手に取り強引に押し付けようとする。
Sumomo:ヤダヤダ!・・・絶対無理!無理なのー!
子供が駄々をこねるような仕草をすると、渡された巻物を素早く床に置いて後退りした。けれどもバベットは諦めなかった。
Sumomoに近寄って腰をかがめると、急に真顔になって優しく囁いた。
バベット:何度も困難を乗り切ってきたあなたなら大丈夫よ。失敗を恐れていたら、何もできないわ。現在も、これから先も・・・。
それにあなたが魔法大学へ行くのなら尚更、肩慣らしに丁度いいと思うわ。
これを試練だと思ってやってごらんなさい。無事召喚できたなら、あなたを・・・魔法大学へ行くことを、私は絶対に
引き留めたりしないから。
Sumomo:・・・・・・え?
バベットには魔法大学へ行くのを引き止める気は全くないと、Sumomoの勝手な思い込みが今の言葉で覆された。
どうやらバベットは"引き止めておくべきだった"と後悔しないように、ここでSumomoの実力がどれ程なのかを見極めてから
魔法大学へ送り届けるか否かを決めることにしていたようだ。
闇の一党に、こんなにも仲間を身近に思ったことは、シセロ以外にいないと思っていた。私の中で、真のリーダーは
アストリッドよりも寧ろ、バベットなのかもしれない・・・。
私はバベットの言う事に耳を傾けると、再び巻物へ視線を集中させた。
Sumomoは深く呼吸を整えると、意を決して巻物を手に取り、目を瞑って念じ始めることにした―――――。
...続きをたたむ ≪≪